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【対談(2)】一瞬の無限 〜いまここにある「いのち」〜

昭和育英会理事長の山藤氏と「検査と技術」(医学書院)誌上にて三回に渡って対話をさせていただきました。

〔本連載の形式〕各界で著名な先生方への山藤先生のインタビュー(対談)にて,組織で働くこと,チーム内でのコミュニケーション,教育,臨床検査技師としての知識・技術の継承と向上,患者さんの心・命,自分の人生の役割などについてお話いただきます。対談のなかで,山藤先生が感じた医療とのつながりの部分を,心の「共振」ポイントとして解説を加えていただきます。

<出典> 原文はこちらよりご覧ください。
対談1回目 検査と技術44巻11号(2016年10月)「連載 人の心に寄り添う医療人になる・10」
対談2回目 検査と技術44巻12号(2016年11月)「連載 人の心に寄り添う医療人になる・11」
対談3回目 検査と技術44巻13号(2016年10月)「連載 人の心に寄り添う医療人になる・12」

対談者プロフィール

戸高雅史(とだかまさふみ)氏プロフィール
1961 年,大分県生まれ。登山家.野外学校FOS 代表。佐伯鶴城高校卒,福岡教育大学,同大学院修了。現在,昭和医療技術専門学校特任教授。1996 年,オペル冒険大賞受賞。著書に『A LINE(ソニー企業発行,共著)』,『はじめよう親子登山(山と渓谷社)』。18 歳で登山を始め,23 歳からヒマラヤの世界へ。山との融合を求め,無酸素や単独のシンプルなスタイルで高峰へ登り続ける。36 歳の時,K2 峰に単独無酸素登頂。1998 年,チョモランマ峰北西壁へひとり向かい,8,500 m に到達。そこで,すべてのいのちのつながりの中にこそ,生きるべき世界があると直感。以後,自然と人との触れ合いから生まれる「いのちへの共感」をテーマに,富士山麓と葉山(神奈川県)を拠点として,自然体験活動の指導や講演,ガイドなどを全国で行っている。

山藤賢(さんどうまさる)氏プロフィール
1972 年東京都生まれ.昭和大学医学部,同大学院医学研究科外科系整形外科学修了。医学博士。小学校から高校までは私立暁星学園サッカー部で活躍。東京都大会で優勝した他,全国大会にも出場した。現在は臨床検査技師教育に特化している昭和医療技術専門学校の学校長として学生の育成にかかわる傍ら,現役の臨床医として患者とも向き合う。医療法人社団昭和育英会理事長,横浜つづきメディカルグループ代表として医療機関を複数経営。日本臨床検査学教育協議会においては,副理事長を務め,2014 年には学会長の任も務めた。また,なでしこジャパンのチームドクター(オリンピック,ワールドカップなど帯同),東京都サッカー協会医事委員長(現)を務めるなど,スポーツドクターとしても活躍している。また,2013 年の著書「社会人になるということ」(幻冬舎刊)は,丸善日本橋本店にて,週間ランキング1 位(ビジネス部門)になるなど,その活躍は,医療界にとどまらず,広いフィールドで注目されている。

野外学校 FOS 開設のきっかけ

山藤:

まささん,野外学校FOS(FOS はFeel Our Soul の略)を開設されたきっかけを紹介してもらえますか。

戸高:

僕は,野外教育の中でも特に,本格的な探検や冒険を交えた冒険教育に興味を抱いていました。実際,自分が探検部で経験してきたこともあり,ヒマラヤ登山と冒険教育の両輪で進められたらという夢を持っていたんです。

少し話は戻りますが,マッキンリーに単独で登った後,もう一つの可能性も確かめたくなりました。犬ゾリをやっている野外冒険学校があるということで,植村直己さんが,ミネソタ州にある「ミネソタ・アウトワード・バウンド・スクール」(アウトドア・スクール)に体験入学したという記事を読んだことがあり,僕もなんだかそこに行ってみたいなぁ,と思っていたんですね。マッキンリーを降りてから,飛び込みでミネソタの学校まで行って,いきなり面会を申し込みました。校長先生に気持ちを伝えたら,「わかった。ちょうど3日後に高校生たちのコースがあるから,入れてあげるよ」と言っていただいて,高校生たちと15日間,カナダとの国境地帯を,カヌーでずっと旅をするコースに参加させていただいたんです。その体験がすごくよくて,“あ〜やはり,将来,こういうことをやっていきたいなぁ”と思いました。ありがたいことに,「そのまま残らないか」と声をかけていただいたんですけど,僕は当時,ヒマラヤ登山もまだやっていきたかったので,そのときは帰ったんです。その両輪をやっていくのが理想でしたが,やはりヒマラヤは簡単に頂上には届かない山です。ナンガ・パルバットに登ることが決まったことをきっかけに,二兎を追うのではなく,その当時は,山一本にしばらく集中することにしました。そのようなきっかけが野外学校FOSのベースにはあります。

ヒマラヤ,日本の自然

山藤:

素人考えであらためて伺いますが,当時のまささんにとって,ヒマラヤという自然は,敵,それとも味方でしたか?

戸高:

登っている最中は,やはり,甘い世界ではないんです。ヒマラヤの環境では,ちょっと風が吹いたり,ちょっと体調が悪くなっただけでもいのちの危険になったりします。それと,7,000 m から上はデスゾーン(死の地帯)と言い,休んでいても脈拍が90 を超えてしまう,人が長くいてはいけない世界です。なので,安心して委ねられるような世界,領域ではないので,生命としての緊張感はあると思うんです。そういうところに身を置いて,いろんな感覚も働かせながら全身全霊をかけて,登山家として活動しているんですね。そこにあるのは,大枠として上に向かうというモチベーションと,自分の生命力も発揮しながら行動するということの,ある意味いい緊張感と,つらいし,きついけれども喜びみたいなものですかね。悪天候の中,いのちからがら下山してきたときは,ほっとして,“いやぁ〜厳しかったなぁ”(笑)と思いますが,ベースキャンプで休むと,また行きたくなってくるんです。山頂に行くというモチベーションがあってこそ,そういった,大きな自然の中に身を置くダイナミックな喜びを感じることができますし,あるいは無風快晴で満月などの,めったにないような状況に恵まれることもありますからね。当時の僕はたぶんそこまでわかってないけど,本能的に何かそこに魅力を感じて,涙を流したり,歯を食いしばったりしながら,山頂を目指していたんじゃないかなと思います。

山藤:

それではまささん,ヒマラヤという世界観と,自然を中心にしたいまの活動の違いはどのようなものですか?

戸高:

僕がヒマラヤに行っていた頃は,ある意味,いのちの存在し得ない世界,空間に身を置いて全力でもがいている,いのちある自分という存在が,一番大きなテーマだったろうと思うんです。もう一つ言えば,ヒマラヤは,“光”っていうのをすごく感じる場でもあったんですね。日本の山岳信仰は,大日如来,お日様信仰ですよね。山という厳しい環境に身を置くと,お日様のありがたさっていうのを,身を持って感じるんです(笑)。お日様がないと生き抜けないぐらいの厳しい世界ですね。ヒマラヤは特にそうなので,僕も光っていうものを,すごく感じていましたね。ヒマラヤから降りてからは,光というよりも,水とか緑,あるいは生き物とか,いのちそのもの,あるいはいのちの源みたいなところに惹かれるようになりました。

だから,自然という言葉自体を,自ずから然らしむ,大きな働きのものだと捉えれば,そういう力と触れ合うことを本能的に求めていたのかなぁと思います。ヒマラヤという空間ではなく,水が流れていて緑があるところ,ちょっと長いスパンで見れば,冬に枯れ,やがて春が来て,緑いっぱいの新緑になるという中に身を置いて,受け止めていくことに,僕のセンサーが共振するようになっていったんです。

山藤:

まささんの野外学校FOSに対する想いや,自然の捉え方は現代社会の中で薄れていっている部分ではありますよね。僕なんかはそこに,「生きる力」の危機感を感じています。

共振のポイント
まささんの体験から「いのち」に触れる対話が増えてきました。私たち医療人は,常に人のいのちに寄り添いかかわる仕事でありますが,この連載の第1 回目でも述べさせていただいたように,いのちという概念に触れるには,臨床検査技師,医療人というくくりだけではなく,その外の社会,自然,宇宙という,大きな感覚に寄り添わなければなりません。まささんとは,以前,自然界にある「摂理」について語り合ったことがあります。若い方にはわかりにくい感覚かもしれませんが,その大きな存在を感じていくことが,医療人としての成長にもかかわってくると私は信じています。対談は,この後,いのちについての話が深まっていきます。(山藤)

写真 1 ブロードピーク北峰山頂 にて(背景は K2 峰)

編集室:

これは医療系の雑誌なんですけど,戸高先生は,最近では医療に携わる方向けにご講演などはされましたでしょうか?

 

戸高:

最近は非常に多くなってきています。日本臨床検査教育学会学術大会での特別文化講演などもそうですが,つい先日(2016 年5 月)では,山梨でホスピス医療にかかわられている内藤いづみ先生と一緒に,「宇宙のリズム響きあういのち」という講演,そして対話をさせていただきました。いのちということについて,僕の立場からと,内藤先生の立場からと,それぞれお話させていただき,会場の皆さんに受け止めていただく機会になったかと思うんですね。僕も大変勉強になりましたし,僕自身の立ち位置を再確認する機会になりました。

講演の最後の対話のところで,チーム医療について,「戸高先生もヒマラヤをチームで登っていたと思うんですけど,どうでしたか」という質問をいただきました。僕は,特に後半は単独でヒマラヤの世界に入っていたので,“8,000 m の空間にたった1人でいる中で,自分がちゃんとそこにいると感じ,その自分の感覚で生まれる反応,そして行動,そこに対する信頼感みたいなものがある”というのが近いのかなぁと思い,そういうことをお答えさせていただいたんですね。内藤先生の意図されたこととは違ったかもしれませんが,“あっ,僕はそこを大事に生きてきたんだ。それを何かに依存したり手放したりしたら,いま,ここにいなかったろうなぁ”とあらためて確認できたんです。そして,来てくださった方で,Facebook に「そうやって死に向かって人がかかわる,かかわらない,まわりに人がいる,いないに関係なく,そこに立てば孤独というところにしっかり立ち切れれば,人は大丈夫なのかな,と感じました」という感想を書かれていた方がいらっしゃって,僕なりにお話ししたことが意味があったのかな,と思ったりしたんですね。

「福島こども富士山プロジェクト」の共催

編集室:

山梨での講演ということでしたが,戸高先生と山藤先生は,被災地の子どもたちを応援します!「福島こども富士山プロジェクト」(以下,富士山キャンプ)を共催しています。始められたきっかけ,その目的,内容などを教えてください。

戸高:

根底にあったのは,僕がこれまで体験してきたことで,何かできることがないかな,という思いですね。東日本大震災が起きたときに,特に放射能に関して,僕のこれまでヒマラヤで体験してきた,“いま,ここに,自分の感覚で立つ”という,自分の五感や身体の感覚を通して捉えきれないかもしれないものをすごく怖く感じ,戸惑ってしまったんです。“ここにある自分の感覚というもので捉えきれないものがあるとしたら,どうしたらいいんだろう”と。翌4 月に,北海道の知床の山を歩きながら,“わからなくても,自分の感覚に立つしかないな”と感じて,“僕ができるのは,福島の子どもたちに,何かこういうこと(自分の感覚で立つこと)を体験できるような機会を作ってあげることかな”と思ったんですね。やるならやはり場所は富士山で,富士山の頂上に立つとかではなく,富士山という山の世界に身を置いて,そういう感覚を体感してもらいたいな,という思いがあり,その年の秋から富士山キャンプを始めたんです。最初の2年間はコールマンジャパンさんにサポートいただいたんですが,3年目,コールマンジャパンさんは,福島でやっていた同様のプロジェクトのほうに1 本化したいとのことで,スポンサーを降りることになったんです。でも僕は続けていきたくて,“どうしようかなぁ”と思っていたときに,さんちゃん(注:戸高先生は山藤先生のことをこう呼んでいます)に偶然出会い,ご協力いただけることになって,現在に至っているんです。

当初は福島の子どもたちだけに来ていただいていましたが,昨年は東北まで対象のエリアを広げて,釜石のほうから,津波の影響を受けた子どもたちにも来ていただきました。始めは,「いま,ここにあるという感覚」を大事にしたくて,富士山の中で,あえて野宿をしていたんです。いまは,5 合目にある山小屋のところでテントを張って,朝,そこから少し登って皆でご来光を見ています。そうして光に触れる環境に身を置くことで,彼らにとって,生きているということが喜びになるような原体験になれば,というところですかね。

編集室:

何か抑圧されているものから,子どもたちの心が解放されるでしょうね。日本には「箱庭療法」という精神療法があり,指や掌で砂を触るだけで,不思議と心が落ち着きます。日本人にとっての癒しは,自然と接することで得られるような気がします。このプロジェクトに参加された子どもたちの様子はどうですか?様子に変化などありましたか?

写真 2 戸高氏の山中湖のご自宅にて(左が戸 高氏,右が山藤先生)

戸高:

子どもたちのそのときの様子や,帰ってからの感想を見ると,一つは富士山という場が持つ力ですか,富士山に行ってきたということだけでも何か不思議なパワーがあるんだな,と正直思うんです。僕にとっては身近にある富士山ですが,子どもたちは福島方面から新幹線に乗ってやってくるので,もうそれだけでも,彼らにとっては何か特別なところに行くといううれしさを感じますね。福島といういまの生活,日常から外に出ることが,子どもによっては癒しであったり,わくわくする世界であったりすると思います。そしてありがたいことに,毎年,本当に美しいご来光に向き合うことができていて,それが,彼らの中で,生きるということへのうれしさや感謝につながっているんだな,と実感します。

山藤:

ご来光を見たら,自然と涙が出るんですよね・・・。人間って不思議なもので,なぜだからわからないけど,大人も子どもも一緒に,ご来光を見ながら皆で涙を流している瞬間がありますね。

戸高:

さんちゃんが,学生さんたちや先生方と一緒に子どもたちをホールドしてくださって,そこの人と人とが,共感,共振し合っているんでしょうね。個人として富士山,ご来光の世界に触れるだけではなく,その場を共にする人と人との触れ合い,人への信頼感,またはうれしさと言いますか,そういう感覚を体験・体感することで,彼らが自分の場に帰って人生を歩んでいくときに,とても肯定的な意味でのエネルギーとして,彼らの人生の道しるべになるような気がします。

富士山には通算400 回ぐらい登っていて,僕にとって本当に大切な山なんですけど,福島の子どもたちと登っていると,やはり皆,富士山好きだなぁと思うんですよね(笑)。あらためて僕も,富士山っていいなぁって思いますね。

写真 3 昭和医療技術専門学校教員と 3 年生 による富士山キャンプ

編集室:

山藤先生は,この富士山キャンプに参加されて,どのようなことを感じたり,考えられたりしますか?また,プロジェクトに全面支援,協賛されておられるということで,そのきっかけを教えてください。

山藤:

この物語は,僕の根底にある価値観のようなものにつながるので,少し丁寧に話したいのですがよろしいですか。少し遡りますが,実はまささんと初めてお会いしたのがここ(戸高先生の山中湖のご自宅)で,僕にとっては特別な場所なんです。最初ここに来るときに,まささんはどんな方なのか,わざと何も調べずに,自分の感覚を拠り所にしてきました。仕事仲間も含めて社会人5 人ぐらいと一緒に森(丹沢)に入るプランで,まずは自己紹介をしました。そこでまささんが,標高7,000 m,8,000 mのデスゾーンは,人間が,放っておいたら衰弱していくだけの世界なんだけど,そこで宇宙との近さを感じたり,自分の細胞が喜んでいると感じたというお話をされたとき,僕,いままで感じたことがない感覚になり,自然に涙が出てきました。それが僕とまささんの出会いなんですね。

そして翌日,森に入り,まず,自分の圧倒的な弱さを感じたんです。リュックは重い,まず歩けない。水に入る,冷たい,足取られる,転ぶ。夜にまささんが何か料理作っても僕,作れない,焚き火を起こせない,という具合です。そして夜,真っ暗な中で,皆,(テントに入らず寝袋に入り)少しずつ離れてバラバラに寝たら,草のカサカサっていう動きだけで,“おおっなんだっ”と思って,眠れない.“あ〜,でも皆は寝てるなぁ”みたいな(笑)。逆に朝は,光が入ってきて,鳥が鳴いていて,自然と起きちゃったんですが。

こうして恐れや弱さを感じたことから始まったんですけど,夜は火を囲みながらまささんにいろんな話を聞いて感動し,またいっぱい泣きました。ちなみに「僕は,なんで泣いたんでしょう」ってまささんに聞いたら,「さんちゃんの中に,僕と同じDNA,感性が流れているんです」というようなことを言われました。すごくうれしかったけど,僕はこの場所,怖いと思うぐらいの人間なんで,正直よくわからなかったんです(笑)

初めての森だったためか,割と下りが多かったのに行きの行程はすごくつらく,帰りに登っているときのほうが,気持ちよく感じました。僕はそのときのテーマだった“風”を感じながら,ブナの森の中で仕事や人生につながると感じたことがいっぱいあり,身体が軽く,どんどん歩いて行けそうだと感じました。“ずっとこのまま行けたらいいなぁ”と思っていたらもうゴールで,“あっ,帰りたくないんだなぁ”という感じがあったんです。自分の圧倒的な弱さと,それを超えて感じられた感動と楽しさと優しさと強さというような経験でした。

僕は体験したことがないことを体験したから,価値観が増えたり,許容できる,受容できるものが増えたと思うんです。これが,先ほどまささんが言っていた“修行”だと思うんですよ。自分ができることや,自分がやりたいことをやっていても修行にならないじゃないですか?強制的にやらされたり,できそうもないことをするから修行になるわけです。でも,修行って,経た後は成長するでしょ?この修行を経ている人と経ていない人は,同じ世界にいても,見える世界が違うし,感じ方が変わるでしょ?僕にとっての森は,「困難」ではなく,そういう「修行」の場だったんだなぁということをいま,感じます。

そんなことがあった後に,まささんとここで2 人でお話しをしていて,なんかのタイミングで,「いま,まささんがやりたいことって,何かありますか?」って聞いたんです。そうしたら,まささんが,「今年は,福島の子どもたちの富士山キャンプをやりたい」って,割とすぐに答えましたね。スポンサーが下りて,その年の開催が困難になっていたんですね。そこで直感的に,“じゃぁ,僕もやりたい”と思ったのが直接のきっかけです。うちの法人(医療法人社団昭和育英会)で支援します,ただ,この僕がした体験を,うちの法人で働いている人たちにもしてほしいなと思ったので,富士山キャンプにうちの教員・職員と学生を数人加えてほしいとお願いしました。これがたかだか3 年前の話ですかね。

仮に素敵な場所があったとしても,つながるという術を持たないと,人はつながれないんです。でも,富士山キャンプのようなものがあり,経済的なものや住んでいる場所を抜きにして,そこに来れるのだったら,その来てくれた人は,僕と同じような体験・体感ができますよね。だから,そういう体感ができる場所に,人を連れて行きたいんです。それが僕にとっての,お金の価値には代えられない,幸せや喜びです。何十年先か,わからないけど,“あのときに行ってよかったなぁ”とつながるような,ゆっくりとしたスパンでのいい物語にならないかなぁ,という感じですかねぇ。

戸高:

長いスパンでの物語というのが,素晴らしいですよね。そこが,僕とさんちゃんのご縁が一気に深まるタイミングでしたね。

山藤:

はい,参加したボランティア学生の,「学年全員で体験したい」という言葉もきっかけになり,いまでは毎年秋に,3年生全員で,まささんとともに山中湖畔〜富士山でのキャンプを行っています。僕は,国家試験全員合格の要因の一つにはそういう活動があると確信しています。

戸高:

あの時間は,また昭和医療技術専門学校らしい,深くて素晴らしい時間になっていますよね。

編集室:

直感で,とおっしゃいましたが,山藤先生が戸高先生のお考えにすぐ賛同され,支援を決められたのはすごいですね。

山藤:

僕は,まささんとお話しさせていただく時間がとても好きなんです。僕は経営者として,教育者として,そして医師として,普段はそれこそ仕事に追われているような毎日です。でも,まささんとお話する中で,僕自身,確認できることがいっぱいあり,気づくことがたくさんあります。そして,まささんが気づき,そのまささんが気づいたことでまた僕が気づいたりということが結構あるんです。僕はまささんのことを師匠と呼んでいて,まささんは器が全然違うと思いますが,失礼を承知で言うと,何かが似ているんですかね・・・。まささん(笑)

戸高:

 そうですよ!(笑)

【対談(3)】一瞬の無限 〜いまここにある「いのち」〜

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